日本に訪れた「戦後」とは敗戦により訪れたのでしょうか?

いいえ、違います。

昭和天皇が「無条件降伏」を決断したあの時に、天災でアメリカが壊滅的な打撃を受け「講和」が成立していたとしても、死んだ人も町も元には戻りません。
「敗戦による戦後」がああだったのではなく「戦争」とはあのようなものであり、「戦争の後」としての「戦後」なのです。

その為、私は「日本国憲法」が求める「平和」は、戦勝国による押し付けではなく、様々な題目を唱えながら「戦争拡大」へと進んだこの国の政治の「過程と結果」に対する国民の「疑問」から発生していると考えています。

民主主義国家において国の政治とは「国民」が決める事ですが、そこには「他国」の事を決める権限はありません。
外部で相手に権限がある行為に関して、例えば「新幹線の肘掛けのような場所」の奪い合いや、特定の商品を「自分達だけに高額で売る」等、相手国のルールを決定する権限がないために生じる不都合は様々あるでしょうがそれは「自分達が自国の国政を決定する」権限を有する事と同等です。
それらの問題に対する解として「武器を準備する」のではなく「話し合い」を行うこと、例え話し合いが成立しない相手に対しても、「共通の目的」の部分のみをまず達成し、競合する部分の割合を減らし「平和的に問題を解決出来る関係」を構築して「話し合いを成立させる努力」を行うことを「諦めない事」を「国政」に求めた「憲法」であり、その為の禁則です。

武器を準備した状態では「こっちに向かって屁をこいた」でも、誰かが引き金を引いてしまうかもしれません。
その「引き金」を止めることが困難であることは「5.15事件」以降のこの国の歴史から明らかです。

「国民を守るために他国民を殺すこと」は、相手にも同じ権限が発生しますので、両方を成立させる場合、アクションである「他国民を殺すこと」は出来ますが、結果である「国民を守ること」は達成されません。結果として「両国民を殺すこと」と同義です。

「何故国も国民も守れなかったのか?」

「諸行無常」の中、やり続けなければならない事を「忘れない」為に、変え難い文章に記したのだと思います。

補足:
スーパーや本屋が万引き犯に行うような「自衛」と、「他国での活動」は明確に異なります。
日本国憲法の解釈として「集団的自衛権」は決して許されるものではないと考えます。